健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始)
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その12【露天あきないのにぎわい(その1)】(2005.12.28)
 私が1930年(昭和5年)に生まれ只今75才。商売人(メガネ専門店)の子に生まれて現在まで、各種の商売を見続けてきました。
 思い出すのは各種の出店や行商。それを記憶をたどりながら並べて見ますと・・・・・、

●街角や店屋さんとか一般のご家庭の軒先など、決まった場所に店をはり、商売をして午後には帰る小さな出店
○イカケ屋 ○下駄の歯入れと鼻緒すげ ○きせるの竿替え ○皮靴の半皮替え ○鋸ぎりの目立 ○洋食焼き(お好み焼きの元祖) ○団子細工 ○型抜き飴 ○ちょぼ焼き(たこ焼きの初代) ○人形が運ぶ神籤 ○夏の冷やし飴

●町内を移動しながら売り歩く商人
○夏の金魚売り ○ガラス風鈴屋  ○物干し竿 ○ワラビ餅売り ○玄米パン売り ○紙芝居屋 ○金太郎人形の粟餅突き
☆ 露天商のあぶり出しが面白い。

 その他にもありとあらゆる店やを思い出しますが、ぼちぼち、心に残っている出店を紹介しましょう。
○ 物干し竿売り
 昔は竹の太さは直径約3cm〜4cm位で、長さは最初は約4m〜5m位で買うときには、希望通りに切ってくれ又竹の節は鉋(かんな)で削ってくれました。現在は金属製のもの干し竿に変わりました。
 竿竹を売りにくるのが朝早く、大八車に30〜40本程積んで
「サオ〜ダケ〜・さおだけ」と声をかけ売り歩きました。 

○ 鋳掛け屋
 鍋、釜、やかん、など家庭で使用していて穴が空きますと、鋳掛け屋さんにお願いして、水漏れの穴を埋めて貰っていました。アルミ製品の穴埋めはアルミの鋲を水漏れの穴に差し込み両面からハンマー(昔は金槌 = かなづち)で叩き潰して穴を塞いでいました。銅や鉄のやかんの穴塞ぎは、半田着け(成分は鉛だとおもいます)と言うのをしました。半田小手を小手壺で熱しますが、壺の中には堅炭をいれ、火を起こし、其の中に小手を入れて熱くなるまで焼き、半田を穴の上に置き小手で半田を溶かして穴を塞ぎます。直径が3〜4cm位の穴が空いている際には、ブリキ板(ブリキと言う薄い鉄板)で穴を塞ぎ、半田着けして修理していました。炭壺の火を起こすのはフイゴと言う道具でした。
 これも朝から町内を回って修理品を集めに行きます。そのときも、
「イカケ〜」と長く引っ張り、そして「鍋釜ヤカンの修理はおまへんか〜」と流ちょうな呼び声でまわっていました。

次回は下駄の歯や、鼻緒すげ、を綴ってみます。
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吉野 健治郎
k-yosino@rinku.or.jp