健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始)
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その15【露天あきないのにぎわい(下駄屋その2)】(2006.4.1)
 私が1930年(昭和5年)に生まれ只今75才。商売人(メガネ専門店)の子に生まれて現在まで、各種の商売を見続けてきました。
 思い出すのは各種の出店や行商。それを記憶をたどりながら並べて見ますと・・・・・、
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 下駄の歯替え屋さんについて前回書きましたが、書いたあとからいろいろと細かいことが思い出されて、思い出したことは書き残しておきたいので、重複しますが、「まあ、聞いちょ」

 下駄の歯替え屋さんの商売場所はいつも決まってました。いまの新地通りの花柳パチンコ、私の子どもの頃は「国見館(くにみかん)」という映画館で、昭和40年ぐらいまで営業してましたか。その横手の塀のところに店を出してました。
 週に一回だったように思います。どこから来てたのでしょうか、仕事道具を大きな風呂敷にくるまって、電車で通ってたのを思い出しました。いつも仲の良いそして笑顔の絶えないおしどり夫婦でした。
 出店の支度が整う頃、奥さんが町内を回ってお得意さんから歯の入れ替えの下駄の注文をとって帰ってきます。預かった品物は、何足もひもに通して両手に提げまるで葡萄の房のようにして帰ってきました。
 それからいよいよ作業の始まりです。私は毎週仕事をしている前に座り込んで、飽きもせず、宿題もせず、じっと見ていたものです。そのころから、いろんな仕事や商売があることを覚えていったんでしょう。
 仕事のあらましはだいたいは前回書いたとおりですが、歯を台に打ち込むときに水で濡らしていたこととか、打ち込んだ歯を中指ではじいてそのときの音で納まり具合を見ていました。しっかり固定していると硬い音がします。鈍い音では緩いですから、歯をもう一度引き抜いて、紙のように薄いかんなくずを差し込んでたたき込むと、今度は指ではじくと硬い音に変わったのが、自分でやったかのように楽しく思ったものです。そんなことを思い出しました。
 できあがった品物は、また一まとめにして配達に回りますが、本当に間違わずに配達できるのかと、子どもの心には大きな不思議な気がしたものです。
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 さてよくもここまで6、70年も前のことを、細かいことまで鮮明に記憶されていたことが自分なりにおもしろくもあり、またそれをパソコンで自分でワープロに打ち込むのは認知症の予防になるわいと、よろこんでいます。
 さあ、次にはなにを思い出しましょうかな。そのときは「また聞いちょ」
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吉野 健治郎
k-yosino@rinku.or.jp