| 健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始) |
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| その18【お正月】(2007.1.1) |
| 昭和十年代(小学校四年生頃)のお正月 は〜やく、こいこいお正月〜と唱歌の時間に(現在は音楽の時間と云うのかな・・)唱って正月の来るのを指折りに数えたものです。正月には一年一度のお年玉がもらえるのが、一年のなかで一番楽しみでしたので。 大晦日には、除夜の鐘を聞く時刻にも両親が商売をしていたことを思い出します、私も夜遅くまで起きて居られるのでそれが嬉しく店のなかをウロチョロしていたのでしょう。 それからやっと店を掃除してから、親父に連れられて銭湯にゆきました。 店の開店時間は常は朝七時頃ですが、正月一日だけは九時頃に店を開け初商売が始まりました。 朝七時頃より家族揃っての雑煮で祝いが始まります。雑煮は家庭それぞれによって異なると思いますが、私の家では白味噌です。雑煮を喜んで何杯も食べたものです。そしてなかに入って居るものは、私共では大根、人参、焼き豆腐、子芋と餅でした。そのなかで今では大きく変わったのがお餅です。田舎と町とでは違いが有ると思いますが、現在の町の八百屋さん、スーパーで買って来る餅は、昔の餅の半分かそれ以上小さくなっています。また今の餅は粘りがなく、昔は漫画に出てくる餅のように本当にながーく延びたものです。 その餅ですが正月が近づく十二月下旬から、餅つきの賃搗き屋さんが、予約をもらっている家の前で餅つきを始めます。搗く場所は家の中庭が殆どですが、商店街の家では駅前通りの店先で搗いて居ました。只今ですと警察や保健所から大目玉を食らうでしょう。 その餅つきに掛かります人数は四、五人で、蒸し釜、餅米を蒸す蒸籠(せいろ)、臼、杵を担って回っていました。餅米を蒸す蒸籠を一臼、二臼と云って一臼には餅米が1升(1.8リットル)はいります。餅つきを頼んでいる家では、前日より餅米を洗い、水切りをしてその日の準備をしておき大変な仕事でした。 正月を目あてにやって来たのがサーカスや見世物小屋です、その見世物などは春日神社の境内で行ったり、当時駅前通りにも空き地が有りましたので、そこでも行っていました。 サーカスに出ている女の子に心をひかれ何回も見にゆきました。しかしそれだけのお金が有りませんので、悪い事ながらしたことはテントとテントの継ぎ目から入ったものです。テントは縄で柱にしばっただけですから隙間が有りますのでそれを利用させてもらいました。 長くなりましたので続きは次回のおたのしみ。 |
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| このページにつきましてのご感想をお聞かせ下さい。 吉野 健治郎(k-yosino@rinku.or.jp) |