| 健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始) |
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| その20【先の戦争中の生活(配給の紙のズボン)】(2007.1.31) |
| 先の戦争では、開戦から日時が経過してゆくに従い生活物資の欠乏が出はじめますが、開戦の少し前から全ての生活物資に統制が布かれ配給制となっていきました。 米、醤油、砂糖、煙草に衣料品や文具までもが統制となり配給になりました。配給品は隣組ごとに分けます。隣組とは現在でも何々町の何班にわかれていますが、あの班が戦前戦後の隣組の名残でしょうか。隣組には班長があり月々順番持ち回り制でして、月一回班長の家にて常会を開くと共に同じく一町での班長会議があり、役所からの連絡事項の報告を行い、その中には例えば何日に何々とこれとの配給品があることを知らされます。配給品とは全ての生活用品、食料品、たばこ、等々が配給になり、欲しいときに何時でも自由に買えるようなことは出来ない時代でした。 学用品におきましても、習字用の半紙、図画のときの画用紙なども配給品でした。戦争も逼迫してきました昭和19年頃に配給された学生服はなんと紙を糸のようにして織った服で、ボタンは土から作った焼き物でした。それでもその紙で織った真新しい学生服を着たときの嬉しさは未だに頭の中に残っています。 しかし其の学生服を初めて着たときの出来事とは? 当時は現在のパンツ、スラックスを全てズボンと云ってました。そのズボンを履いて脚の膝から足首までゲートルと云って、幅10cmほどで長さは約2m 位の厚手の布の包帯のようなものを脚に巻き付けました。配給で当たった新しい学生服を着て新しいズボンを履いて、脚にはゲートルを巻き心をはずまして学校へ行きました。 午後の教練の時間のことでした。教練とは、学校でする兵隊の練習で木型の銃を持ち行動はまるで軍隊練習でした。その教練中膝立ちをした瞬間、普段は膝立ちの際には、ズボンの腰にはバンド、膝から下はゲートルを巻いていますので膝立ちをしますと膝が締まって窮屈になりますが、その日には膝を曲げますといつものように最初は窮屈でしたが、あるとたんに膝が楽になったのです。 ナゼ、と膝を見ますとズボンが膝の部分でぽっかりと破れています。 一度に辺りが真っ暗になってしまい、両親が苦労して配給品を手に入れてくれたのにと、思わず涙が出たのが、あれから60年を経過している今でも忘れることなく、ときどき、あのときの事をおもいだします。 |
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| このページにつきましてのご感想をお聞かせ下さい。 吉野 健治郎(k-yosino@rinku.or.jp) |