健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始)
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その21【先の戦争中の生活(「歩調取れーッ!」)】(2007.2.1)
 それから学校での遠足、現在の社会見学ですか?年に2回春と秋の二回程行われますが殆ど徒歩による日帰り遠足でしたが全て行軍的です。例えば電車で多奈川まで行き、そこから岬町谷川を通り、和歌山の加太深山にありました陸軍の深山連隊を通り南海線の加太駅まで歩きました。
 その行軍の中、班長の号令にて「歩調取れーッ!」の一声にて兵隊そのもの、膝を体と直角になるまで上げ規律正しく歩きます。その時の弁当が全て日の丸弁当と云いまして弁当箱の白いご飯の真ん中に、梅干しを入れますと日の丸の旗に成りますので日の丸弁当といいました。
 遠足の前日学校の講堂に集合して遠足への注意事項の訓辞があります。当日のコースの説明、さらに弁当は日の丸弁当、お菓子は一種類などを言い渡され、特に弁当に付いては日の丸弁当の他のおかずはだめ、見つかると食べずに残して家に持って帰らされました。これは戦場で戦っている兵隊さんへの思いやりでした。
 その思いやりのなかでこのような事もありました。冬の学生服の上下のポケットは糸で縫って閉じてあって、冷たさしのぎで手をポケットに入れる事は出来ませんでした。しかし風邪の人とか常に体の悪い人のみ例外でした。「何でそこまで」と思うかも知れませんが、たいていの家では、家族や親戚の誰かが兵隊に取られていましたから、「兵隊さんのため」といわれればすなおに聞くことができました。
 六年生になってからの修学旅行は行われていました。現在は修学旅行の目的地を自由に選択をし行っていると聞きますが、当時の佐野近隣の学校の修学旅行は伊勢神宮と二見ヶ浦の参拝です。
 伊勢神宮の境内にはいると、その境内を歩くにも横に四列で一組から四組まで一組約五十人で縦列に並び歩調をとり、両手は左右互いに両肩まで水平にあげ、神殿を往復したものです。もしだらだらと歩いているのが教師の目に止まると、首筋をつかまれ列のなかから引っ張り出し、ピンタか足払いで倒されるかです。これにはだれも文句も言わず行動を共にした時代でした。
 旅館においての食事ですが、前回書きましたが食料は配給制でして旅館にも宿泊者用の米の割り当ても有りませんので、自分の食べる分の米の持参です。その量は一食一合で夕食と朝食に昼の握り飯の三食分の米を持参しました。
 夕食といってもお粗末な食事で、ご飯は丼に一杯おかわりなし、おかずは味噌汁をいれて三品。朝食もみそ汁に焼き海苔と漬け物です。そして昼の弁当は握り飯と福神漬けだけでしたが私達にとりましては、小学校生活の一番楽しい楽しい修学旅行でした。
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吉野 健治郎
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