健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始)
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その27【カミナリの代わり】(2007.10.1)
 これは、今から約65年位まえの思い出ですかな。先の戦争も終わりに近い頃になりますと、日常の電気も思うがままに使えなくなって来ました。戦時中での軍需工場への供給が増大していたので、一般家庭用はよく停電したり、使用量の制限なども行われるようになってきました。
 そのような中で、眼鏡店である私の家では、仕事上色々電気を必要としていましたが、それも割り当てなどで自由には使えません。めがね店は電気を使う仕事が多い店です。視力測定するにも、レンズをフレーム合わせるのに玉摺り機で加工するにも、電気を必要とします。当時のフレームは殆どセルロイド製でしたので、加工したレンズをフレームにはめる場合には、それ専用の電熱器を使用しますが、これも自由に使えませんでした。その電熱器もローソクを使用する物に替わりました。それだけ電力が不足していたのでしょう。
 それで父が電気屋さんから、古い12ボルト位の大きなバッテリーを買ってきて、セレン整流器という充電器で電気の補いをしていました。しかし所詮中古のバッテリーですからすぐ電気があがってしまいますので、その都度充電をしていましたが、充電に時間が可成り掛かりますので、補充のバッテリーも3〜4個ありましたかな。バッテリーに充電したり、またバッテリー用の配線をするのを、父親の側でみていたものです。
 それは夏の頃でした。当時はいまと違って午後には、きまって雷を伴った夕立がありました。こんな事を考えました。無知な子供でしたから、雷の電気をバッテリへ充電出来ないものかと思いながら、親父に判らないように2階の洗濯干場にあの重いバッテリをフゥ〜フゥいいながら運びあげて、バッテリのターミナルにそれぞれ電線を括りつけ、物干し台の柱に電線をしばって夕立を待つ事にしました。しばらく待っていてふと、雷がその線に落ちたら火事になって自分も黒焼きになってしまうことに気がついて、あわててやめたことをかすかに覚えています。
 それでも、あきらめず何か良い方法は無いかと、物干し台の上で考えていましたら、ふと眼に止まったのが、隣のお家の軒先に電柱からの引き込み線が通っています。その線を利用しようとお隣の電線をナイフで被服を破り、そこへこちらからの線を引っかけバッテリーに充電をしました。
 見つかれば大変なことになっていたでしょう。子どものアホな思いつきでした。今では時効とお許し下さい。
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吉野 健治郎
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