健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始)
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その8【甘い誘惑】(2004.1.5)
 私が17才の11月頃の事ですが、終戦後初めてアメリカのキュウバから砂糖が入り、家族割り当ての配給がありました。その砂糖は茶色味を帯びていて、その上ベットリとしていました。戦中は砂糖なんて殆ど目にしたことが無かったですから珍しくて、ときどき母親の目を盗みそっと口に入れたものです。
 大きなスプーンに山盛りにして口にいれて、唾液で「とろり」と溶け喉に行き渡るときは最高の味がしました。回を重ねるに従い、スプーンの山盛り一杯が二杯、そして最後に三杯となり、さすがに山盛り三杯口に入れますと、口を閉じる事が出来ません。そのまま頭を上に向けじっとしていますと、やがて、唾液で口の中の砂糖が溶けだし、何とも言えぬ美味さと心地良さに満足していました。母親は何も知らないで砂糖壺の砂糖が減っていくのをただ不思議がっていたようです。
 そして、よう忘れもしません12月5日の朝七時ごろ、店の開店常備をしていますと、何か胸苦しい気がし今にも吐きそうに成って来ましたので弟に店を任せ、自分は裏に出て吐いて見ましたら、何か変な色の物が出ました。昨夜食べた物が胸につかえていた物かと思っている矢先にさらに、こみ上げてきて真っ赤な血が止めどなく出たのです。
 気が薄らいで行くのが分かり、あわてて弟に自転車に乗せてもらい、大宮町の和田医院まで駆けつけました。もうそのころには意識が無く、気が付きますと午後5時頃でした。先生が言うには甘い物の食べ過ぎにより胃の内壁に潰瘍が出来た、即ち胃潰瘍ということでした。
 それから二日間の絶食、三日目にお粥の重湯、四日目から三分粥、その後は食パンの耳を外したもの一枚と馬鈴薯とほうれん草の裏越しという食事の連続に、家族みな美味しそうな食事をしているのに人の眼を盗んだ罰と、恨めしく思ったものです。
 今となっては昔の語りくさですな。
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吉野 健治郎
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