健治郎会長が語る、「昔の話、まあ聞いちょ」(2003.6.25連載開始)
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その9【蜂と戦闘機】(2004.3.17)
 いつも戦争の頃の話しになりますが、あれは昭和19年の夏の盛りでした。
 父の友達(駅前の食堂)が兵隊に召集されましたので、そこの食堂用品その他家財を疎開を頼まれて居ましたので、大きな大八車に乗せ安松か岡本町かは忘れましたが、当時の佐野駅の駅長さん宅まで運んでいました。
 羽倉崎駅から山手に向かって、父が舵棒を持ち私があと押しで大八車を目的地に進めていたとき、空襲警報のサイレンが鳴り終わると同時に現在の第二小学校方面から二機の戦闘機が右にカーブをしながら、私達に向かって機銃掃射で襲って来ました。おもわず道ばたの溝に飛び込んで伏せました。機上から発射された機関銃の弾は約30センチメートル程の尾を引いて車の上すれすれに通過し、横の畑に砂埃を上げ落ちて行くのは、いまの戦争映画そのものでした。
 当時14才、怖くもあり興味もあり、おそらく溝に覆いかぶさる草の間から見ていたのでしょう。はっきりと胴の太いずんぐりむっくりのグラマン戦闘機と分かりました。
 戦闘機が通過しましたので、こわごわ車を曳いて歩みだしましたところが第二段目の襲撃です。今度は私の背丈ほどもある胡麻畑の中に父と二人で飛び込みました。
 胡麻畑に入ったのはいいが、今度は戦闘機でなく蜜蜂の襲来。丁度その時は胡麻の花の開花最中で蜜蜂には最高の収穫時です。それを怒らしたものですから、こちらの襲撃にも耐えられず戦闘機の怖さも忘れて、又もとの溝に飛び込みました。
 幸い機銃掃射の弾にも当たらず現在73才ですが、その様子を羽倉崎駅で見ていた人が「車を引いている二人づれが撃たれた」と言っていたことを、佐野に帰ってから聞きました。
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吉野 健治郎
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