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タイ・メガネボランティアの報告
2007年、行って来ました!!
 10月18日(木)〜21日(日)にかけて、お客様にご協力いただきましたフレームにレンズを入れて、タイへ届けに行ってきました。ヨシノからは250本。今回は会長が同行、6年ぶりの参加。参加14社19人中の最長老でした。今年はタイも異常気象なのか、空港の建物を出たとたんの、壁にぶつかるような熱気が感じられません。日本の8月のほうが暑かった!たいへん楽なツアーだったのはいいのですが、「タイへ来た〜!」という実感がなくてもの足りません。
 会場は2003年以来のワット・パクナムでの連続3日間です。ここは、お世話していただいているピチャイ師が副住職を努めておられる名刹です。パクナムはたいへん大きいお寺なのですがバンコクの下町の路地の奥にあって、大型バスが入りません。日本車のハイエースの7人乗りに分乗しての行程です。
 着いてビックリ!大きなパゴダ(仏塔)の建設中です。100メートルは優にあるでしょうか。コンクリートの巨大な三角錐です。次回にはこれが燦然と光り輝いているのでしょう。パクナムはお金も信仰もいっぱいなんでしょうね。
 ほかにもあちこちが工事中なので、風が吹き抜けて涼しい、あずまやのようなちっちゃなお堂が今回の会場です。工事のクルマが多く危険なので時間を区切って来場するようにしているらしく、ドッと押しかけて来ている感じはありません。たいへん整然と事が運びます。
でっかい!仏塔 あまり暑くない・・・ 初めて親子で参加
目に合う度数を選んで・・・ きちんとフィッティングして・・・ ちょっと休憩・・・。
 今回は3日間で、しかも同じ会場というのが意外と疲れます。あるメンバーによると「変化がないから」という分析。そういえば他県へ行くときは3時間以上もバスに揺られることもありますが、その移動中が唯一の「観光」時間。また「きょうはどんなお寺かな?」という興味もあって、バスハイクのような楽しみも出来るのですが、今回はそれがありません。
 昼休みの間に、ご住職へもめがねをお渡しするということで、お参りの信者さんで埋め尽くされた本堂へあがります。持参した中から一番良さそうなめがねを選んで、私から「喜捨」させていただきました。タイでも相当えらい方だそうです。私にも功徳が積めたでしょうか?
ご住職へめがねの喜捨 楽しいお食事タイム〜。すっぱ甘辛いの大好きです。
混んできたー!! 常連の通訳ボランティアさん コップンカー
 バンコク市内ということもあるのでしょうが、結構デザインの好みなんかも厳しくて、年を追うごとに、少しずつ雰囲気が移り変わっているように思います。「最初のころは、足りないものがあったりして、バタバタしてた。このごろは受け入れ側がキチンとお膳立てしてくれてるから、こっちは行くだけ、みたいでちょっとね」と、古いメンバーと感想を述べあったりしています。それでも来年はいよいよ10回目。ひと区切りの歳です。受け入れの先方の意向と、NPOとしての当方のスタンスと、スタッフメンバーの想いと、三者がうまく関わり合っていけることを望んでいます。
 およそ2700人にめがねをお渡しして、3日目の深夜便で帰国。2007年のボランティアツアーは終わりました。2008年は11月にトラート県への訪問が決まりました。次回も皆様のご協力をよろしくお願いいたします。
現地の高校生もお手伝い 全員集合
2006年、行ってきました!!
 さて2006(平成18)年は、くまとり店の大谷君が初参加です。
 10月27日、開港1ヶ月のタイ・スワンナプーム新国際空港に降り立ちました。例によって懐かしいピチャイ師がイミグレの中(法律上はタイ国外!)までお出迎えです。日本各地から集まった仲間と一年ぶりのご対面「やあ、元気!」
 新空港はとにかくでかい!です。しかし突貫工事だったのか、まだあちこちできあがっていないところも一杯目につきましたね。グレー主体なので無機的な印象が、ちょっと…。
ピチャイ師先頭に、入国口へ すんなり入国できました 村が水につかっています
 翌28日は、ウタイタニ県のワット・ルオンを予定してましたが、月初めに起きた水害が、バンコク北部ではまだ収まっておらず、お寺は被災者の家財道具で埋め尽くされたので、近所のもっと大きな寺院に変わりました。朝7時からバスに3時間半揺られて到着です。
 「サワディカップ」いよいよ始まりました。大谷君もしっかりがんばっています。
 実は前夜結団式の席上、すでに豊富な経験者?となってしまった私に挨拶のご指名が。最近は若い日本のスタッフが増えてきたので、経験談をということです。そこでおばあちゃんがいつも言ってた「あのな、ひとに『あげる』んと違うんやで、ひとさんに『もろうてもらう』やで」と言う言葉を披露して、『もろうてもらう』気持ちで、きちんとした物をお渡ししてくださいと、締めくくりました。これは私がいつも思っていることでもあります。
 さて通訳は例年通り、日本語を勉強しているタイの学生さんが中心。だから通訳してもらっても片言です。だから、ええいめんどくさい!と「このほうがよう見えるやろ?」、「Φ◎☆…」、「え?ほな、これは?」てな具合で、大阪弁で「直接対話」です。でもそこは人間同士、気持ちで通じるんですよ(ホンマカイナ?)。で「コップンカーップ」て、手を合わせてニッコリ笑ってくれます。
 この日は約850名に老眼鏡をお渡しして、また3時間半かけてバンコクに戻りました。
お堂の増築工事中 社長、髪の毛薄くない? お坊さん相手に奮戦中
私は、お昼が楽しみです 2日目はこんな感じ ボランティアの学生さんたち
 2日目のチャチェンサオ県ワット・ターカムは、2002年に訪れたお寺なんですねー。あのときは私自身初参加、何もかも初体験で正直全然覚えていないんです。今は余裕ですけどね。
 たしかに以前はもっとドタバタしてたけど最近は受け入れのお寺も大変スムースで、もちろんそれは現地でのお世話のたくさんの方の労力があってのことですが、自分たちの手作り感が無くなってきたなー、というのは贅沢でしょうか?

 大谷君もタイ初訪問で、さまざまなカルチャーショックの洗礼を受けて、30日午前7時半関空に帰着した、3泊3日のメガネ寄贈ボランティアツアーでした。
 さて、来年は誰と行こうか…。
制作中の巨大仏頭と
2005年・タイボランティア
 2005年(平成17)は、尾崎店のニューフェイス、入社2年の齋藤君が社長のおとも。彼は海外旅行どころか飛行機も初体験のうえ、そこへ加えて社長のおともで、関空ではカッツンカッツンに緊張しっぱなし。関空からはこれまた海外初体験という福井県の眼鏡店のスタッフの方と3人での出発となりました。(おいおい、結局社長が添乗員かよ?!あー先が思いやられる・・・)10月28日午後関空を飛び立ち、夕刻タイ・ドンムアン空港で日本各地からの眼鏡店仲間と合流。例によってイミグレの中までピチャイ師のお出迎えをいただきました。すごいですね、タイのお坊さんの権威・・・。
 翌29日、早朝よりバスにプレゼント用のメガネを積み込んで、本日の目的地ラチャブリ県ワット・ポワガムへ2時間掛けて移動。昨年より暑さがしのぎやすいかなぁ?(といっても、じっとりと汗がにじんでくる)。ワット・ポワガムは「美しい蓮」という優しい名前の寺院。
美しい「蓮」の寺院 み〜んな、人・・・約1000人 ご住職と
尼さんは白い衣で 恒例になった県知事挨拶 お坊さんと知事はソファに・・
齋藤君、仕事してます 学生通訳ボランティアとランチ 笑顔のピチャイ師
 詰めかけた約1000人の視力を測り、度数を決めます。横には度数別にずらりとメガネを並べてあって、そこから気に入ったデザインのものを選んでもらって、掛かり具合をフィッティングして、ケース・メガネ拭きをつけて渡します。
 「コップンカー」この笑顔がたまりません。
 30日も別の寺院で約900名にプレゼント。ホテルでシャワーを浴びる間もなく、その日のうちに深夜便で早朝関空着。これから仕事じゃ〜。強行軍3泊3日ボランティアの旅でした。
 帰りの機内映画で見た、吉岡秀隆クンの「四日間の奇蹟」ヨカッター。え、ALWAYSも?
西暦2005年は仏暦2548年!
2004年のタイ・ボランティア
 ことしは、社長一人での参加となりました。
 10月22日バンコク・ドンムアン空港で集合、バスで宿泊地へ移動です。西部のトラート県へ向けて5時間ほどの行程と聞きました。(へ?到着、夜10時回るん?) トラート県は地図で見るとバンコクから直線で200kmちょっと、カンボジア国境の県です。一台のバスに21人の眼鏡店スタッフと16名の現地の通訳ボランティア(タイの日本語学校や大学の日本語学科の学生、先生です)でいっぱいになりました。途中で夕食をすませ、真っ暗な国道を延々と、夜11時を過ぎても着きません。どうやら遠回りの道を来てしまったそうです(おいおい)。けっきょく夜中の2時過ぎに宿舎に到着(熱いシャワー・・・、あれ、水やん・・・)
車内の時計は2時過ぎ。
まだかいな〜・・・
 早朝宿舎を出てバスで1時間、目指すプラニート村に着きました。こどもの鼓笛隊の歓迎に気恥ずかしいやら、びっくりするやら。(もしかして日本人初の訪問?) ほとんどすべての人がハダシ(お坊さんはもちろん)でした。ゴム園とココナッツ生産を主とした農村です。帰りのことを考えて歓迎会もそこそこに、仕事に取りかかります。
「ヘンマイ?」(見えますか?)移動中の即席講習会で習った言葉を早速使います。
「ヘン!」(見える!) そしてニッコリ。「コップンカー」(ありがとう) はるばる来た甲斐がありました。これがあるから何年も続くんやね〜。
ゴムの木。
幹にV字型のキズが見えます。
 ワット・セナーナロン寺でおよそ900人近い皆さんにメガネを贈呈できました。3時出発。でも夕食含めて7時間以上かかってバンコクへたどり着きました(お尻イタ〜)
ヨシノでお預かりしたメガネ。あなたのかも知れません。見覚えありませんか?
 翌23日は、バンコク港湾部のスラムでのメガネ配布です。かつては荷役で繁栄した町ですが、その後港湾の機械化で職を失った人が住み着きスラムになったそうです。その人たちを援護するための日本のNGO(私らの大先輩!)施設での仕事です。お金がないので病気でも無理をして手遅れになる人が多いという説明を受けました。目に関しても同様で、視力が満足に向上しない人が多くて苦労しました。ここでも900人ほどにメガネをお渡しできました。
 仕事が終わったあとで、スラムの中を案内してもらいました。危ないから、はぐれないようにとの注意を受けてすぐ、はぐれてしまって。迷路のような中を早足になりながら、それでも、元気なおばちゃんや屈託のない子どもたちをカメラに納めてきました。なかでも一人線路にたたずむ少女の訴えかけるような表情は印象的でした。
 スラムとはいうものの、角にはちゃんとお地蔵さん(?)がまつってあったり、駄菓子屋があったり、小さな汚いドブ川があったり、私の生まれた頃(昭和31年)と、ビミョーにダブル部分があって、ナンカ懐かしー!
 さあ、来年も喜んでもらうために、仕事ガンバルゾー!
2003年のタイ・ボランティア
 今年は、10月2日(木)から5日(日)までの訪問でした。今回はいつもお世話していただいているピチャイ師が副住職をつとめる、ワット・パクナムでの3日間となりました。このボランティアの源流とでもいうべきお寺への再度の訪問に、3日間で4000人以上の皆さんが詰めかけてくれました。くばっても配っても、いっこうに減らない行列と対照的に、持参したメガネが恐ろしい勢いで減っていきます。もちろん、ひとり一人度数を測定しながらの作業ですから、次から次へというわけにはいきません。
 ヨシノからは社長と、そして今度は尾崎店の妙中が参加。メガネ・ボランティア初の女性スタッフとなりました。
 旅行ガイドに載るほどの寺院だけに、日本から修行中の若いお坊さんや、日本の大学へ留学経験のあるお坊さんもいて、通訳を務めていただきましたが、あらためてワット・パクナムの由緒深さを感じさせられ、その副住職のピチャイさんのことを、「偉い人なんや〜、『さん』づけで呼んでええのやろか?」と思ってしまうのでした。
 現地スタッフは、アユタヤ大学日本語学科の女学生やバンコク市内の日本語学校の生徒さんたちが通訳を、場内整理には現地の女子高校生の皆さんが駆けつけてくれます。日本と比べると、女子大生は高校生に、高校生は中学生にしか見えません。純朴なんです。
 昼休み、なんといってもこれが楽しみ。タイ料理は口に合います。どこのお寺でも檀家さんが大わらわで、おいしい家庭料理をごちそうしてくれるのです。現地のボランティアスタッフさんたちと一緒に食べます(でも、このお堂、ひんやりしてて気持ちいいけど、納骨堂と違うん?)
 3日間の奮闘の後には、ピチャイ師(!)じきじきに、記念品をちょうだいしました。「来年も来るために、がんばって働くぞ!と心に誓うのでした」
2002年のタイ・ボランティア
2002年10月18日から21日、タイ・メガネボランティアを催行しました。
今回の訪問地域は2カ所。全国から14社20名、ヨシノからは社長一人での参加でした。
今年からは、タイ仏教会の公式事業になったとかで、全面協力を得て、お坊様の先導でなんと税関フリーパス。昨年は大量のメガネを持ち込む説明に手間取った。それにしても、タイでのお坊様の権威は絶大です。尊敬もされているようです。税関職員もポーターのおじさんも、みな手を合わせて道を開けるのですから。
 初日、サラブリ県ワット・プッタバート、2日目チャチェンサオ県ワット・ターカムで合計3000名以上の方にお渡ししました。「コップンカー(ありがとう)」。みんな手を合わせてうれしそうにお礼を言ってくれます。いえいえ、大勢の人がこんなに喜んでくれて、お礼を言うのはこちらのほう。ごった返す会場で、スタッフは通訳ボランティアとペアで、合った度数選びをします。さばいてもさばいても短くならない人の列。お渡しのスタッフは、お客さん(?)が気に入るフレーム選びのお手伝いと、フィッティングを担当します。女性のお客さんは特に時間がかかります。みな首にタオルを掛けて汗びっしょり。
 昼休み、檀家のみなさんの心づくしの家庭料理をありがたく頂きます。ほっとやすらぐひととき。涼しい風が吹き抜けるテラス、足元で子犬が残飯をあさります。ふと子どもの頃の夏休みの思い出が、白日夢のように浮かび上がってきて、遠いタイにいるとは思えない錯覚に陥りました。「たぶん、来年も来るんやろうなー」そう思ってしまうのでした。
2001年のタイ・ボランティア
初の、タイ・老眼鏡プレゼント・メガネボランティアです。
お客様からお預かりしたメガネを手に、第1回ということでヨシノからは、吉野会長と、ファミリー館・本村店長が参加しました。
会長は参加した眼鏡店10社18名中の最高齢(70)でしたが、酷暑の中使命感に燃えて、若い本村店長や他社のスタッフが驚くほどの活躍ぶりだったそうです。